3 政争 (1)

 昭和49年になり、国民は業者の売り惜しみよる深刻なもの不足に悩まされた。このような中で、福畑派によるマスコミ操作が功を奏し、インフレによる土地高騰の中、畑中系企業が土地転がしによってぼろ儲けをしている事実が次々に暴露された。
 退陣を余儀なくされた畑中は、金さえ払えば言うことを聞く外古葉に政権を譲渡しようと画策したが、福畑・小平・二木の猛反対の前に挫折した。法曹界を牛耳る福畑に政権が渡っては自分が逮捕されることは目に見えていたので、畑中はやむをえず小平に擦り寄った。
 小平は池畠直系の保守正統派を自認していたが、畑中が政権を取って以来、利権からは蚊帳の外に置かれ不満がつのっていた。政権争いで福畑に遅れを取っていることにも焦りがあった。小平は、結局金と欲につられて、畑中の応援を受け入れる腹づもりになった。この情報を知った福畑は慌てた。畑中が退陣すれば、当然なりゆきで自分に政権が転がり込んでくると思っていたからだ。つい最近まで共闘して畑中の引きずり降ろしをしていた小平が一転して畑中と組むとは思いにも寄らなかった。
 畑中と外古葉と小平が組んでしまえば、保守党の大勢を占めてしまう。福畑は必死になって小平のあら捜しをした。しかし、鈍牛とあだ名される小平は実に用心深く、そう簡単に弱みをつかませなかった。逆にソ連との石油密輸の情報が小平に渡っているのではないかという憶測も流れ福畑を困惑させた。
 川本はこのような保守党の混迷ぶりを千載一遇の機会と解釈した。保守党最小派閥の二木派などまともな手段では未来永劫政権が回ってこない。本当は自分が首相になりたいところだが、現在のような状況下では金儲けの才覚がないためにクリーンなイメージのある二木を表に出すのが得策と考えた。二木が政権を取れば、自分が政権を取ったのと同じようなものだった。
 しかし、川本の頭ではどのような作戦を講じればよいのか思いつかなかった。そこで川本は北海道から修太郎を呼び寄せた。
 川本から、二木が政権を取る手段を考えろと言われた修太郎は、とりあえず外古葉の篭絡を考えた。外古葉は日本列島変造ブームの時、畑中の尻馬に乗って土地転がしに手を出した。しかし、根っから土建屋の畑中と違い素人の外古葉は多額の不良債権を作ってしまった。現在のところ融資先の銀行を恫喝してごまかしてはいるが、このままでは政治生命が絶たれかねない危機的状況にあった。
 修太郎は、この際外古葉に金を渡して恩を売ったらどうだと提案した。川本は難色を示した。外古葉が金で言うことを聞く男であることは知っていたが、現在畑中がアプローチをかけている以上、それよりも高い金額を提示しないと意味なかった。
「あいつはがめついから、こっちの足元を見てふっかけてくるぞ」
「福畑にも一枚加わらせたらどうですか? どちらにしろ、二木先生を総裁にするためには福畑の協力を仰がなければならないんです。二木派と外古葉派だけでは全体の四分の一にしかならないでしょう。福畑が乗ってくれば資金繰りも楽になるでしょう」
 川本は絶望的な表情になった。
「君がそんなに政治音痴とは知らなかった。福畑のけちぶりは半端じゃないぞ。前の総裁選で畑中に負けたのも、金を出し惜しんだからだ。そんな奴が二木先生のために金を出すわけがないだろう」
 修太郎は笑った。
「川本先生ともあろう方が、そんなに律儀な考えかたをするとは思いませんでした。大丈夫ですよ。福畑は総裁になりたくてしょうがないんです。今回例の件に乗ってきたのも、総裁選で金をばら撒く覚悟を決めたからです。前回の失敗がよほど堪えたに違いありません。こっちは福畑のすけべ心をくすぐればいいんです。二木先生は金権批判をかわすためのダミーで、半年もすれば批判も納まるだろうから、それを待って福畑に禅譲するという確約書を交わすのです。半年程度の辛抱で総裁の座が転がり込んでくるのならば、福畑は絶対飛びついてきますよ」
「二木先生の政権が半年程度ではこちらの持ち出しになってしまう。その後俺が総裁になれるのならそれでもいいが、次が福畑ではいつこっちに回ってくるのか判らなくなる」
 川本は顔面を紅潮させてぼやいた。
「確約書なんていうものは紙切れにすぎないことは先生もご存じでしょう。政権交替などとてもできないような事件でもでっちあげればこっちのものです。先の約束などないも同然です。何なら福畑のスキャンダルを流したっていい。ほとぼりが覚めるまでしばらく辛抱してくれと言えばいいのです。何といっても政権を持っているほうが強い。福畑は我慢するしかありません」
 川本は頷いた。
「確かに、政権を取ってしまえばこっちのものだな。その手でやってみるか。ついでに福畑との交渉もやってくれないか?」
 この構想がうまくまとまれば修太郎にも多大な利権の道が開かれるので、引き受けることにした。
 
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