7 ラッキード事件 (2)


 プッシュが目を付けたのはラッキード社だった。ネグソンと畑中を結びつける接着剤の役割を果たしている材料を探したところ、ラッキード社を叩けば最も効率よくネグソンと畑中を潰せるという調査結果を得た。
 長期にわたる不況に頭を痛めていたアメリカの航空機産業は、メンテナンス料込みで莫大な売り上げになる大型旅客機と、利鞘の大きなジェット戦闘機の売り込みに躍起になっていた。アメリカの航空機産業が不況になったのは、ヨーロッパとソ連の航空機産業が台頭してきたためだった。それまで殿様商売的に言い値で衛星国に売りつけていた戦闘機も、ミグやミラージュの安売りにあってシェアを蚕食されてしまった。特にソ連は政治的意図もあって、思い切ったダンピングをしてミグを開発途上国に売りつけたので、これらの国からアメリカの戦闘機は姿を消してしまった。
 これに慌てたのが、大型旅客機部門で多額の負債を抱え込んでいたラッキード社だった。技術的にはアメリカ航空機産業中最低であり、放漫経営からコストパフォーマンスも期待できないラッキード社はとりわけ深刻な状況下にあった。倒産寸前まで追い込まれたラッキード社はなりふり構わぬ政治工作で、議会で僅か一票差によるラッキード社救済法案の可決に成功させ、何とか首の皮一枚の状態で生き残った。既に大型旅客機部門からは撤退する決断をしていたが、大量の在庫を抱え処分に困っていた。
 売り込む手段も政治力しかないわけで、それまでに莫大な政治献金をしていたネグソンをセールスマンに仕立て、売り込みをやらせた。頼まれたネグソンも金を貰って無理な法案をごり押ししただけに、売り込みのお先棒を担ぐのを断るわけにもいかず頭を抱え込んだ。ラッキード社の戦闘機の性能の悪さは軍では知れ渡っていたので、いくら大統領であっても採用決定するわけにはいかなかった。空軍の高官など、「ラッキードの戦闘機を買う値段でミグを買えば、二倍買える。そうすればアメリカの空軍力は今の三倍になるだろう」と広言してはばからなかった。
 ネグソンも軍を敵に回すほど愚かではなかった。そんなことをしたら自分の命がないことは知っていた。
 国内ではだめ、ヨーロッパも法外なリベートなしにはだめ、アラブ諸国も中東戦争のおかげでだめときては、売り込める国は日本しかなかった。
 日本くんだりに頭を下げて出向くほどネグソンはプライドが低くなかったので、畑中をワシントンに呼びつけて恫喝してラッキードの飛行機を売りつけようとした。しかし、補佐官のキシンダーが、「ライバルのダグロス社が既に自衛隊の制服組との間で次期戦闘機の採用を内定させている情況なので、あまり高圧的な態度を取ると彼らに開き直られてしまいます」と警告した。
 ラッキードとダグロスとを比較したら、誰の目にもダグロスの戦闘機のほうが優秀なのは明らかだった。現在日本の防衛配備についている戦闘機はダグロス社製だったので、次期戦闘機も同じメーカーにしたほうが相性がいいことなど子供にでも判り切ったことがらだった。アメリカ空軍の高官も、「ソ連や中共の脅威から日本を防衛するためにはダグロスかグラマーの戦闘機でなければだめだ」と主張していた。
 多数派野党の金主党はネグソンの失政を手ぐすね引いて待ち構えている情勢だったので、金主党の目の光っているワシントンで畑中と交渉するのはまずいとネグソンも判断するに至った。
 そこで、ネグソンは最低の面子を保つために交渉の場をハワイに求めた。
 CIAの情報では、畑中は次期戦闘機と全国空の大型旅客機の購入を共にダグロスにする意向を既に固めているとのことだった。ラッキードが与党の脅賄党と組んでいるのに対抗して、ダグロスやグラマー・ブーイングなどのメーカーは金主党に献金していた。
 露骨に福畑に加担した態度を取るネグソンを毛嫌いしていた畑中は、金主党の大統領候補マケガバンを密かに援助していた。しかし、マケガバンは集金能力が極端に弱く、リベラルを売り物にしていることがパトロンのユダヤ系資本家の反感を買ったこともあって、独自の調査でネグソンに大敗することが判明した。
 マケガバンが勝つと信じて疑わずまとまった金を投資していた畑中は最新の予想結果に大いに慌て、ネグソンとの関係回復を模索していた。
 首相に就任するとアメリカに表敬訪問するのが慣例となっていたが、ネグソンから、「ハワイで会いたい」と連絡を受け、畑中は関係を修繕する絶好の機会と捉えた。ネグソンが何を言いだすかは見当がついていた。
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