8 ラッキード事件 (3)


 ハワイの会談では、案の定ネグソンはラッキードの売り込みをした。ネグソンは会談を円滑に進めるために、保険をかけておいた。
 会談の場所ホノルルには幾多のリゾートホテルが林立していたが、それらのホテルのうち主要なものは畑中の刎頚の友と言われている小山内の所有物だった。
 小山内は畑中最大のパトロンでもあった。小山内は世界観光というバス会社の社主という肩書きで、表面的にはぱっとしない存在だったが、畑中との繋がりは古く、畑中の台頭と時を同じくして経済界に進出していった。
 ヤミ屋から身を起こした小山内は戦後GHQと癒着することにより、ホテルや自動車会社を買い占め、「ホテル王」「バス王」と呼ばれるようになった。更には航空産業にも手を出し国航や全国空の株の買い占めをし、隠然たる力を発揮していた。税金を払うことが死ぬよりも嫌いな小山内は、責任を背負う社長にならずに「社主」という得体の知れないポストを作ってそれに納まっていた。
 ハワイでも日本同様杜撰な経営ぶりをしていた小山内は、叩けばいくらでも埃が出る躯をしていた。ハワイ滞在中密かにCIAに拉致された小山内は、脱税の罪状を並べ立てられ、「外資法違反とスパイ容疑で死刑を申しつける」と脅された。泣いて命乞いした小山内に対して、CIAは、「国家に協力すれば、今までのことは目を瞑ってやる。そればかりか、働きに見合った報奨を与えてもいい」と言った。
 このようにして小山内は有無を言わさず協力を誓わされた。協力とは「大玉がラッキードの旅客機と対潜哨戒機を売り込む援助をしろ」というものだった。大玉がCIAに飼われていて、ラッキードのセールスマンをしていることは実業界で知らないものはいなかった。岬・福畑ラインの大玉とは敵対関係にあったので、小山内は渋ったが、自分の命は可愛いので畑中に説得した。小山内は解放され、日本への帰国を許されたものの、畑中への説得を失敗すれば、ハワイのホテルを没収されるばかりか、CIAの日本支部によって暗殺されると脅されていたので必死だった。
 小山内の話を聞いて、畑中は当初当惑したが、土建屋感覚の畑中にしてみれば、飛行機などどれもみな同じに思えていた。どうせまともに戦争したら北朝鮮にも勝てないような軍隊なのだから、どこのメーカーの飛行機だって本質的には関係ない。俺がダグロスを選んだのは、リベートがいいからで、ラッキードがもっと弾むのなら、そっちに替えてもどうということはない。それよりも、小山内に貸しを作ったほうが大きい。ネグソンにも貸しができる。大玉ともコネクションができて、利用できるようになるかもしれない。こんなことを考えた畑中はハワイに行く前から心中はラッキード選択に傾いていた。
 ハワイの会談では、中国問題などそっちのけでリベートの金額のやりとりに終始した。畑中から値切れば自分の収入が増えるネグソンは強行に低額の数字を示した。畑中もダグロスやグラマーよりも低いリベートでは納得がいかないので粘った。結局、畑中が折れて話がまとまった。
 フォラードは岬に、「上院外交委員会多国籍企業小委員会において、ラッキード社を裏切る決心をしたカーチョン副社長にネグソン・畑中の秘密協定を暴露させる」と通告してきた。岬にとっては寝耳に水の話だった。岬や福畑も次期戦闘機購入にあたって畑中が賄賂を貰ったことは知っていたが、そんなことは日本の政界では常識なので攻撃材料になるなどとは考えても見なかった。
 もっとも、岬や福畑はこの件に関してはダグロス社から工作資金を受け取り、防衛庁に恫喝していたので、畑中の急なラッキード選択には腹を立てていた。しかし、当時としては政権争いに破れた直後であり落胆していたので、勝ち誇った畑中による嫌がらせだろうくらいにしか考えていなかった。それにCIA仲間の大玉がラッキードのセールスマンをしていたことも知っていたので、やむなく目を瞑る事にした。前回の戦闘機選定の際には、ダグロス社をごり押しして、大玉に恥をかかせたので、おあいこだという認識もあった。
「大玉の餓鬼め、畑中とつるみやがったのか!」岬は激怒した。
 今まで可愛がってやったのを、政権の目がなくなった途端、権力者に寝返ったと知って、岬は大玉抹殺を決意した。しかし、大玉はCIAの子飼いなので、自分の一存だけでは決められない。そこで、岬はプッシュに問い合せたところ、「好きなように始末してかまわない」という了解を得た。
 小山内については、財界の各方面から、「邪魔だから始末してくれ」と依頼されていた。特に六籐財閥は、ゴロツキ同然だった小山内を拾ってやり、一人前の企業家に仕立ててやったのに、後に六籐財閥系の株買い占めを謀り、恩を仇で返したので恨み骨髄だった。
 岬はこの際だから、小山内も始末して財界の信頼を回復させようと考えた。
「二木とよりを戻して、畑中を逮捕させろ。ついでに大玉と小山内を二木の手で始末させてしまえ」
 岬は福畑に命じた。生意気だった弟の右藤が昨年死に、権力復活に意欲を燃やし出した岬はトレードマークのぎょろ目をぎらつかせた。
 福畑から突然の連絡を受けた二木は動転した。せっかく反福畑路線で軌道に乗りかけた矢先、当の福畑から爆弾情報を伝えられたので対処の術を思いつかなかった。急遽フォラードに連絡を取ったところ、事実と判明した。二木とてアメリカの意向は無視できない。どうしたものかと川本に相談した。
 川本もこれからの政局運営は畑中の協力なしには難しいと考えていた。畑中を金脈問題で逮捕することは簡単だったが、畑中との協定によって全て握り潰していたのだった。
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