9 再上京(1)


 川本はまた北海道から修太郎を呼び出した。北海道にいるよりも東京住まいが長くなってしまった修太郎は、中央政界に首を突っ込みすぎたと後悔した。
 川本から事情を聞いた修太郎は、やはりアメリカに逆らうのは得策ではないと考えた。結果として福畑においしいところを持っていかれるだろうが、この際やむをえない。畑中を逮捕しよう。しかし、フォラードの政治的寿命もそれほど長いとは思えなかった。今年は大統領選で、金主党は必死の覚悟で政権奪回に望んでいる。もともと実力的には金主党は脅賄党をはるかに凌駕していた。一枚岩に結束すれば、選挙で負けるはずがなかったのだ。前回は実力のないマケガバンなどが候補になったが、今年は南部地域のマフィアを仕切っているカッターが最有力候補だった。今のうちにカッターを支援しておけば活路も開けるのではないかと修太郎は読んだ。
「畑中には逮捕を事前に知らせるべきでしょう。しかし、決して見捨てるわけではないと説得すべきです。畑中は金主党に大枚を叩いています。せっかく投下した資本を無駄にしないためには、畑中に更に金主党との絆を強めるよう話してください」
 川本は困惑した表情になった。
「俺が直接話すのは恐い。君も同席してくれないか?」
 修太郎としてはこれ以上中央政界にかかわるのは嫌だったが、仕方なく川本の申し出を受け入れた。
 翌日、川本と修太郎は目黒の畑中邸を訪問した。
「約束と違うじゃないか! 俺を守ってくれるというから、今まで協力していたんだ。それを俺ばかりか小山内まで逮捕するとはどういう料簡なんだ?」
 案の定、畑中は激怒した。
 川本は怖じ気付いたが、修太郎は冷静に説得した。
「今年一年だけの辛抱です。一年我慢すれば、事態は全て好転します。先生は選挙の神様と言われているくらいだから、今度の大統領選で誰が勝つかはもう見当がついているんでしょう?」
 こう修太郎がおだてると、畑中も少し表情を和らげた。
「そうだな、乗り掛かった船だ。この際カッターと心中するつもりで、俺も博打をしてみようか」
 と、マケガバンで大損したことを棚に上げて、畑中は乗り気になった。
「そうです。カッターが勝てば全てが清算されるのです。フォラードに次期もまたのさばられたら、いずれにしても先生の政治生命はお仕舞いです。どうせ、逮捕されてもすぐ保釈されますから、政治活動に影響はありません」
 修太郎は畑中に、自分の描いた絵図を示した。二木にはカッターが当選するまでは首相として頑張ってもらい、その後福畑に政権を譲る。福畑としても単独では政権を維持できないから、小平か外古葉に譲歩するしかない。その時畑中が援助の手を差し延べれば、福畑は喜んで飛び付いてくるはずだ。福畑は犬猿の仲の外古葉に頭を下げるよりは、最大派閥の畑中派を引き入れたほうがましだと思うだろう。畑中が刑事被告人になれば、再び政権につく可能性はないから、小平よりも安心して手を組めるからだ。一段落したら、カッターに頼んでフォラードを始末してもらえばいい。
「なるほど、ものは考えようだな。俺にはフィクサーの道が残されていたのか」
 畑中は結局修太郎の案に納得した。
 目黒御殿からの帰りぎわリムジンの中で川本は修太郎に言った。
「しかし、二木先生には貧乏くじを引いてもらうことになって申し訳ないなあ」
 本心かどうかは判りかねたが、川本は神妙な顔つきだった。
「川本先生のおかげで、二木先生も不可能といわれた首相の座に就けたのですから、この辺でご勇退を願ってもいいのではないでしょうか? その後は先生が派閥を継げばいいでしょう」
「派閥の長になるのもいいが、今の人数ではねえ」
 と、川本は本音を吐いて溜め息をついた。
 修太郎は福畑からも呼び付けられた。
 やむなく、修太郎は福畑邸に赴いた。
「川本と一緒に、畑中の家に行ったそうだなあ。畑中は何と言っていた?」
 福畑の態度は高圧的で、既に政権を獲得することを確信している様子で、俺の後にはアメリカがいるんだと、虎の威を借る狐を地で行くような対応ぶりだった。
「二木先生に頼んで何とか逮捕をまぬがれるように協力してくれ、と頼まれました」
「ふん、俺の聞いた話とは少し違うなあ」
 畑中の屋敷の中に福畑のスパイがいたのか! 修太郎はあせったが、表情には出さないようにした。
「まあ、どうだっていい。あがくだけあがかせろ。奴のお手々にわっぱのかかった絵を全国民に見せてやる。俺を出し抜いた罰だ。ざまあみろ!」
 そう言って、福畑は怪鳥のような声をたてて笑った。
「で、二木は畑中を逮捕する決心をしたんだろうな?」
「そのようです」
「そうだろうなあ。いくら阿呆の二木だって、アメリカに逆らったらどういうことになるかは、判っているようだな」
 福畑は勝手に頷いてみせた。岬と右藤の傲慢不遜ぶりは保守党の中においても語りぐさになるほどであったが、直系だけあって福畑も既に傲慢不遜ぶりが板につき出してきた。
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