10 再上京(2)


「しかし、先生。あまり畑中を邪険にしないほうがいいのではないでしょうか? 畑中派は最大派閥ですし、あの連中は逮捕ずれしていて、親分が逮捕されたところで動転するとは思えません。ここで畑中に恩を売っておけば、先生が政権を取得した後、運営が楽になるのではないでしょうか?」
「ふん、偉そうなことを言うな。おまえは畑中の家でも、そんなおべんちゃらを喋ったようだな。しかし、おまえの言うことも一理あるな。全く畑中派ときたら暴力団のメンバーと同じだからな。臭い飯を喰うことなんか何とも思っちゃいない奴らばかりだ。あんなゴロツキどもが同じ保守党の代議士かと思うと本当に情けなくなる。まあ、民主主義に対する冒涜以外のなにものでもないな。あんな馬鹿どもに投票する選挙民も低能な奴らだ。早いところ文部大臣を更迭して、国民を再教育しなければならないなあ」
 修太郎は呆れながらも、お追従を喋った。
「そうですねえ。選挙権と被選挙権には資格審査が必要ですね。選挙権は高卒以上にして、国家試験に合格したものだけに与えるようにしてはどうでしょう?」
「おまえも少しはいいことを言うなあ。俺も常々そう思っていたんだ。都会の馬鹿どもはせっかく選挙権をやっても遊び惚けて棄権してしまうし、田舎の百姓どもは金を払わないと投票しない。一体民主主義を何だと思っているんだ! そうだ、馬鹿どもに選挙権なんぞやることはない。俺が首相になったら、おまえの言ったことを法案で通してやる。ついでに被選挙権は国立大学卒以外の奴にはやらないようにしようか?」
「それもいいですが、中央官庁で十年以上勤めないと、被選挙権を与えないというのはどうですか?」
「そんなことをしたら、国会議員は全部俺の派閥になっちゃうぞ」福畑は高笑いした。
「よし、今度畑中に会ったら言っておけ。俺に服従すれば命だけは助けてやるから、俺が二木降ろしをする時は率先して協力をしろとな」
「小平先生や外古葉先生にはどのように伝えればよいでしょう?」
 修太郎がそれとなく探りを入れると、急に福畑は真顔になって、
「そんなことはおまえ風情が知らなくてもいい。おまえは川本の使いっ走りだから、こうやって呼びつけたんだ。余計なことを喋るんじゃない!」と凄んだ。
「申し訳ありません」修太郎は平身低頭で謝った。
「本当に、おまえらのようなチンピラは、俺がちょっと甘い顔をするとすぐでかい態度を取ろうとする。分際をわきまえろよ。俺は司法権を握っているんだ。おまえがやくざだということなど判っているんだ。いつだって逮捕できるんだぞ。そうしないのは俺の温情だ。有り難く思え」
 そう言って、福畑は修太郎をにらみつけた。
「やくざだけあっておまえは大玉と似たところがあるな。顔はおまえのほうが垢抜けているけれどもな。おまえも大玉の末路を見ておけ。出すぎた真似をしたらどういうことになるのか。あいつは死刑にすることに決めた」
 修太郎は真顔のまま失笑したくなるの堪えた。福畑は大玉に弱みを握られ、恐喝され続けていた。大玉にどやされて土下座したこともあった。福畑が大玉を消せなかったのは、CIAが恐かったからだ。CIAのランキングではつい最近まで岬よりも大玉のほうが上だった。岬の子分の福畑が大玉に手を出せるわけがない。CIAにしてみれば、総理引退後の岬より大玉のほうが利用度が高かったのだ。修太郎は川本を通じてCIAが大玉を見限ったことを知った。修太郎独自のKGBルートでもそのことは確認された。
「それから、ついでに川本にも言っておけ。いつまでも金魚のうんこみたいに二木くんだりにくっついていたって埒が開かないぞとな。派閥ごと俺の派に身売りすれば、労働大臣か政調会長くらいならやらせてやると言っておけ」
「確かに伝えておきます。川本先生も喜んで承諾してくれるものと思います」
 福畑に殺されずに帰宅を許されて修太郎は安堵の溜め息をついた。
 修太郎は早速畑中の秘書の榎木を呼び付けて、「親分の家に福畑のスパイがいることも判らなかったのか!」と恫喝した。榎木は恐縮して、即刻調査すると約束した。
 二月になって、アメリカからカーチョンによる爆弾発言が報じられて、マスコミは大騒ぎしたが、保守党内では既成事実化していた。CIAに見限られた大玉はショックで寝込んでしまった。
 福畑は極東親和会に命じて特攻隊員に軽飛行機を操縦させ大玉邸で自爆させたが、トーチカと同じ構造を持つ大玉邸は全壊を免れ、大玉は無事だった。
 十六日には小山内が国会で証人喚問された。畑中から完全黙秘せよと命じられていたので、小山内は何を聞かれても、「知らない」「記憶にない」の一点張りで通した。その様子はマスコミによっておもしろおかしく報じられ、泣く子も黙ると恐れられていた小山内もすっかりピエロに成り下がってしまった。「記憶にない」はこの年の流行語になってしまった。
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