11 再上京(3)

21日、ネグソンは中国の招待で北京を訪問した。国内では全ての実権を奪われたネグソンに対するフォラードの最後の餞だった。ネグソンとしては自分の実力を誇示できる場は中国しかなかったことになる。何故中国が廃人同然のネグソンなどに肩入れするのか、その真意を知るものは誰もいなかった。耄首席の痴呆症が進行しているのではないかという憶測は当を得ていたのかもしれなかった。
 24日には、アメリカ側がラッキード事件に関して調子に乗ってあまりにも多くのことを暴露するので、困り果てた二木がフォラードに、「これ以上内情をばらさないでくれ」という内容の親書を送った。
 ラッキード社から大型旅客機を購入した全国空では、アメリカ側のスッパ抜きが原因で会長派と社長派の深刻な内部紛争に発展した。
 四月になって、外古葉がちょんぼをした。ラッキード事件がおきて俄然張り切りだした福畑とは対照的に、リベートを受け取り灰色高官に名を連ねてしまった外古葉は逮捕される危険にさらされていた。
 外古葉は背に腹は替えられず、福畑に協力して福畑を次期総裁に祭り上げることで危機を乗りきる腹積りだった。しかし、福畑からの協力要請はなかった。既に畑中と小平の協力を獲得した福畑は宿敵の外古葉に頭を下げる必要がなかったのだ。福畑は二木がいつまでも総理の座にしがみつけば、野党と結託して解散決議案を通す決意をしていた。外古葉は自分が蚊帳の外に置かれていることを思い知らされた。選挙区ではそうでなくても福畑に押されっぱなしだったので、もし仮に解散総選挙になれば、落選の憂き目を見る心配すらあった。
 ほとぼりが覚めるまで死んだふりをしていたのでは派閥を横取りされる恐れもあったので、煩悶した挙げ句、選挙区民を対象にテレフォンサービスを始めた。テレフォンサービスを通じて福畑の誹謗中傷を行なったのだった。
 激怒した福畑は衆議院議長の尻尾を使って外古葉に抗議させた。外古葉は平謝りして、選挙区での評判を一層落とした。
 24日、東京国税局は追徴課税を払わなかった大玉に対して、隠し財産を全て差し押えた。隠し財産のありかを教えたのはCIAだった。
 7月に入ると、検察はラッキード事件に関与した民間人をぱらぱらと逮捕した。
 いよいよ自分の逮捕が間近に迫ったことを察知した畑中は修太郎を呼び付けた。
「本当にすぐ保釈してくれるんだろうなあ?」
「二木先生もフォラードや福畑から先生を守ることで必死です。奴らはCIAを使って先生を暗殺することまで考えています」
 修太郎がオーバーに言うと、畑中は顔を蒼くさせた。
「日本国にとって俺は必要な存在だ。日本の将来のためにも、福畑みたいな売国奴の手から日本国は俺を守る義務があるんだ。いったい二木は何を考えているんだ? ここに来て福畑に篭絡されたんじゃないだろうな?」
 畑中は完全に動転していた。脅かすんじゃなかったと修太郎は後悔した。
「安心してください。二木先生は是が非でも先生を守る決意です」
 修太郎は宥めたが、疑心暗鬼の畑中は信用しなかった。
「だめだ、口約束なんか当てにならない! そうだ、川本と二木に時限性の毒薬を注射して、俺が中和剤を持っているというのはどうだ? 二人が俺を裏切ったら、俺は中和剤を捨ててやる」
 そのような種類の毒薬が存在することは修太郎も知っていた。畑中があながち冗談で言っているのではないことは確かなようだ。
「しかし、先生、二木先生や川本先生がそんな条件を呑むわけはありません。ここで先生達同士が諍いを起こしては、福畑に漁夫の利を浚われてしまいます。もっと現実的な提案をなさってください」
 畑中は目を瞑った。
「君が考えてくれ。俺を納得させる案をな」
 突然下駄を預けられて修太郎は困惑したが、疑り深い畑中の性格を考えると二木もある程度の犠牲を払わなければならないだろうと判断した。
「甲斐府君を人質に送ることで、ご勘弁願えないでしょうか? もし、二木先生が約束を違えるようなことをした場合、先生がご存分な処置をなさっても文句は言わないというのは……」
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