12 再上京(4)

 甲斐府は二木派の貴公子と呼ばれている代議士で、将来の派閥継承を嘱望されている若手だった。   
「甲斐府か……。ちょっと小者すぎないか? 二木派は小物しかいないからなあ。いっそのこと法務大臣の麦葉のほうが、もしもの時には二木派のダメージが大きいのではないか? あいつは外古葉派のくせに、大臣に取り立てられてからは二木べったりだろう」
「先生、無理なことは言わないでください。ラッキード事件担当の総責任者を拉致監禁できるわけないでしょう。外古葉だって黙ってはいませんよ。それに、そんなことがマスコミにばれたら、それこそ先生の政治生命はお仕舞いですよ」
「仕方ない。甲斐府で我慢してやる。そのかわり、約束を違えたら甲斐府の指の一本や二本では済まないぞ」
「重々判っています。先生もこちらを信用してください」
 何とか畑中を説得して、修太郎はその足で川本の所へ行った。
 川本は修太郎が畑中に示した条件を聞いて激怒した。
「君は何様のつもりだ。そんな重大なことを、俺や二木先生の承諾なしに決めるなんて……。そんな約束は冗談じゃないぞ。誰が呑めるか!」
 修太郎としては、今更畑中の所に取り消しに行くようなまねはできないので、開き直ることにした。
「私は先生に頼まれて、こんな何の得にもならないボランティアをやっているんですよ。私のやり方が気に入らないのなら、いつだって降りますよ。畑中に断るなんて簡単だ。今ここで電話をかければいい。その後、私は北海道に帰らせてもらいます。あとがどうなろうと私の知ったことではない」
 川本は慌てた。
「待ってくれ。今君なしで国政を賄うのは難しいんだ。北海道に帰るなんて無責任なことを言わないでくれ。しかし、俺はいいとして、二木先生がこんな条件で納得するだろうか?」
「説得するのは先生の仕事ですよ。冷静に考えてください。どうせ畑中との約束は守る予定なのですから、この際畑中を安心させておいたほうが得策です。別に甲斐府君を人質に渡しても、こちらが損をするわけではない。これで畑中が納得すれば安いものでしょう。それとも、畑中の要望を受け入れて、先生と二木先生が毒薬注射を受けますか?」
 川本は身震いした。
「冗談じゃない! 確かに、ここは甲斐府君に泣いてもらうしかないようだな。二木先生に頼んで、甲斐府君に因果を含めてもらおう」
「それが賢明というものです」
 川本が諦めたので、修太郎は安心した。川本が納得しない場合はこのまま畑中のところに転がり込むつもりでいたが、その必要はなくなったようだ。
 川本は修太郎を伴って総理官邸に行った。
 修太郎から説明を受けた二木は渋い表情をしたが、電話で甲斐府を呼びつけた。
 事情を聞かされた甲斐府は憮然として、「畑中に拉致されるくらいなら、毒薬注射されたほうがいい」と言った。その場にいた全員が甲斐府の申し出に同意した。いくら平の国会議員でも、何の理由もなく一月近く姿を消すのは不自然と考えたからだった。
 甲斐府は畑中邸で、畑中が見ている前で毒薬注射された。
 27日、遂に畑中は逮捕された。突然の検察側の頂上作戦に、冗談半分で、「畑中のXディーは?」などと囃したてていたマスコミは騒然となった。どうせ、いつものごとくうやむやになるだろうとタカを括っていたからだ。
 逮捕までに余裕があったので、畑中は身辺の証拠を全て隠滅しておいた。
 福畑は余勢を駆って、「外古葉も逮捕しろ」と二木に迫ったが、二木は撥ねつけた。
 修太郎は外古葉からも相談を受けていた。一応法務大臣は自派で押さえてはいたものの、法務省を掌握してるわけではなかったので、臑に疵持つ外古葉としては大いに不安だったのである。
 修太郎は議員会館内の小会議室で外古葉と面談した。外古葉が脅賄党の大統領候補のロンガンと知己の関係だったので、そのコネクションを最大限利用すべきだと修太郎は忠告した。
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