13 再上京(5)

 超右派のロンガンは、共産勢力に対抗する極東の防波堤としての日本の価値を重要視していた。日本の政治家の中では、軍国主義者の外古葉を評価していたのだ。
「この際、ロンガンに頼るべきです。ロンガンにフォラードへの渡りをつけさせ、CIAを通して、福畑に先生の逮捕を断念させるのです」
「しかし、大統領選でロンガンが勝つとは限らないぞ。下馬評では金主党のカッターが勝つという評判だし、俺もそう思う。脅賄党の候補者選びでも現職のフォラードのほうが優勢だし、どうせ頼むのならフォラードのほうがいいのではないか?」
 国外情勢に疎い外古葉は、せっかくロンガンと知り合いのくせに、ロンガンの実力を過小評価していた。しょせんは役者上がりの変わり者政治家で、まさか大統領選に名乗りを上げようとは、と呆れていたのだ。
「多分、大統領にはカッターがなるでしょう。しかし、先生にはカッターにもフォラードにもコネクションがありません」
 外古葉はいらついてきた。
「だから、どうしたというんだ? ロンガンに頼んで仲介してもらおうというのか? 二人にとってロンガンは敵だぞ。誰がロンガンなんぞの言うことを聞くものか!」
「この際、カッターは関係ありません。現実にCIAを仕切っているのはフォラードですから、フォラードに働きかけてCIAに先生の逮捕を免れさせる工作をさせなければなりません。
 ロンガンは今期は名前を売るだけが目的で、目標は次期に置いています。今回は本人の予想以上に善戦してしまったのです。おかげで資金繰りがつかず困り果てています。早いところ降りたがっているのです。一方、フォラードは現職のくせに脅賄党候補選びの段階でつまづいて焦っています。
 カッターとの勝負でも劣性が予想されているので、早くロンガンに降りてもらいたがっているのです。足元を固めておかないと、戦うに戦えないですからねえ」
「なるほど、ロンガンは手を引くことを条件に、フォラードにあれこれ要求できる立場にいるんだな」
 やっと事情が呑み込めた外古葉はしきりに頷いた。
「しかし、問題がありますよ。ロンガンがフォラードに頼めば、フォラードは引き受けると思いますが、こちらがロンガンに頼む以上手ぶらというわけにはいきません」
「判っているよ。問題は金だろう。しかし、金なら俺もないぞ。土地で失敗して、財布の中身は火の車なんだ。金以外のもので何かないのか?」
「ロンガンは権力を握っていないので、今興味があるのは金だけでしょう」
 それを聞いて、外古葉はうなだれた。
「じゃあ、だめじゃないか! それとも、何か金策の当てでもあるのか?」
「あるにはありますが、先生に紹介していいものかどうか……」
「もったいぶるな。言ってくれ!」
「私もうまくいく確証はないのですが、失礼ながら、先生は財界の方々に信用がないので、資金をカンパしてもらうのは難しいと思います」
「はっきり言うなあ。しかし、その通りなのだから仕方がない」
 自らも認めるように、外古葉は踏み倒しの常習犯として、財界特に金融界からは毛嫌いされていた。
「要するに、国内がだめなら、外国に頼るしかないということです]
「韓国の財閥が俺に金を貸してくれるというのか?」
 修太郎はここで切札を使うつもりでいた。自分が融資してやってもいいのだが、損までして外古葉なんかの面倒を見てやる義理はない。他人の褌で相撲を取るならばここでKGBを使うのが一番だと考えた。
「実はソ連からの融資です。ソ連では日ソ関係の修復と実力ある政治家との友好を望んでいます。先生ほどの方ならば、ソ連も喜んで融資してくれると思いますが」
 外古葉は息が詰まった。反共勢力の雄として売り出してきただけに、ソ連から金を貰うのには抵抗があった。
「本当にソ連は俺に金をくれるのか?」
「大丈夫です。私の会社はソ連と貿易しているので、ソ連の高官とは付き合いがある。私の頼みは聞いてくれるはずです」
「しかし、ソ連なんかと手を組んだら、いずれにせよ俺の政治生命は終わりになる……」
「心配には及びません。何も大ぴらにソ連と付き合わなくてもいい。お互いに信頼関係ができればいいんです」
「要するに、ソ連のスパイになれということだな」
 外古葉は修太郎を睨みつけた。
「ということは、貴様もソ連のスパイだったのか?」
「私なんぞは国家機密を知る立場にはありませんから、金になると知っていても売れるものはありません。ただ、私にとっては先生に融資してくれそうな当てはソ連しかないということです。勿論これは先生の問題ですから、借りるか借りないかは先生ご自身のご判断によることと思いますが」
 外古葉は頭を抱え込んだ。
「少し考えさせてくれ。返事は後でもいいだろう?」
 外古葉には俺の提案を受け入れるしか道はない。そう修太郎は確信して、議員会館を離れた。
 翌日、夜になって外古葉から電話があった。
「君の昨日の申し出は辞退させてもらうよ。何とか金策のメドがついた。ただし、君の忠告は受け入れて、ロンガンに協力を要請することにした。これからも君の知恵を借りるようなことがあるかもしれないが、その時はまたよろしく頼むよ」
 外古葉の声は機嫌よさそうだった。はったりではないらしい。いったいどこの物好きが外古葉なんかに融資したのだろうか? 誰から借りたのかとよほど聞こうと思ったが、「それはよかったですね」とお追従の返事をして電話を切った。KGBが何やら掴んでいるかもしれない。
 修太郎は小樽の自前の商事会社に電話を入れてソ連大使館とコンタクトを取らせた。直接ソ連大使館に電話すれば手っ取り早いのだが、盗聴される恐れがある。
 盗聴といえば、フォラードが金主党本部に盗聴機をしかけているのがばれて、アメリカでは騒ぎになっていた。ネグソンの時にダメージを受けていたはずなのに、本当に懲りない奴らだと修太郎は呆れた。これでカッターの勝利は確定したようなものだった。
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