14 ミグ戦闘機亡命事件(1)

 八月になると、畑中派では畑中を守るために、証拠堙滅工作に拍車をかけた。まずは身内からということで、運転手や下っぱの秘書など生きていては都合の悪い小者連中の粛正を開始した。
 6日にアメリカから衝撃的なニュースが飛び込んだ。発電所等で保管していた核燃料が45トンも紛失したという極秘レポートがマスコミに暴露されたのだった。マフィアなどの手に負える量ではないので、犯人は国家以外にありえなかった。フォラードが密かに中国に売り捌いたのではないかという憶測が流れた。そういうことならば、ネグソンが中国を訪問した理由も納得できた。ネグソンは政治家としては無能な男だったが、セールスマンとしての評価は高かった。
 オイルショックの影響で軍事予算の削減を余儀なくされているアメリカは、中国を番犬にすることでソ連を牽制しようと考えた。中国に格安の値段で引き渡された核燃料は、そのまま対ソ連向けのミサイルの核弾頭になったと見るべきだった。
 7日には苫小牧の大規模工業基地建設が始まり、修太郎も本業の地上げに忙しくなった。中央の政治家どもと愚にもつかぬ策謀に耽っているよりは、漁師や農民相手に補償金の値切り交渉をしているほうが遥かに俺にふさわしい生き方だと思うようになった。
 こうしているうちにもKGBから連絡があり、外古葉に融資したのが竹川であることが判明した。
「あの狸親父か!」
 修太郎は納得が行った。竹川は大玉と並ぶ右翼の大物と言われていたが、内向的で裏世界に徹していた大玉に対し、竹川は黒幕らしからぬ目立ちがり屋だった。
 竹川は自らテレビコマーシャルに出演しては、「一日一孝」などと白々しいスローガンを掲げていた。恐喝しか能のなかった大玉に較べて竹川の集金能力は格段に優れていた。賄賂・献金・暴力を駆使して竹川は日本の公営賭博界の元締めになった。特に競輪を私物化し、売上金をポケットマネーにした。これだけあからさまなことを平然と行なえる人物も珍しい。竹川は脱税用に日本自転車振興協会なる財団を作って、脱税用資金の一部を自分の息のかかった福祉団体にばら撒いて、それを殊更オーバーに宣伝した。それら福祉団体の多くは助成金目当てに老人や障害者を食い物にしている悪徳施設団体で、理事のほとんどは竹川の身内か子分だった。
「竹川は外古葉に払った金を、外古葉の地元の前橋競輪で八百長試合を組んで回収するそうです」とKGBの工作員は説明した。
「なるほど、あくまでも自分の懐は痛めない腹だな。金はおまえのところの選挙民から払わせろということか」
「竹川は八百長試合を数回計画して、外古葉の借金を全て払ってやることにしたそうです」
「それでは、外古葉の奴、さぞかし感激しただろう?」
「はい、外古葉は竹山の前で涙を流して、舎弟になる誓いをしたそうです」
「盃まで交わしたのか。これで外古葉は竹山に頭が上がらなくなったんだな。で、金はロンガンに渡ったのか?」
「ロンガンは確かに受け取りました。これで次期大統領選の資金を確保したことになります」
「次の大統領選でロンガンがカッターに勝てば、世界の運命は前橋競輪の八百長試合にかかっていたということになるな」修太郎は笑った。
 CIAから外古葉逮捕を認めない命令を受けて、岬と福畑は動揺した。外交音痴の外古葉が、いったいどんな手段でフォラードにコネクションを持つことに成功したのだろう? 岬達は首をひねった。
 17日になって、畑中は2億円払って保釈された。畑中派の陣笠議員達が拘置所を出る畑中を出迎えた。
「親父さん、お勤めご苦労さんです」
 誰かがこう叫ぶと、畑中は苦笑いした。誰とはなく万歳の掛け声が上がり、陣笠議員達はラジオ体操のように万歳三唱を行なった。
 甲斐府は約束通り解毒アンプルを受け取って、命拾いした。
 福畑は外古葉を逮捕できなかった腹いせに、二木に強要して外古葉派の左藤政務次官と畑中派の端本元運輸大臣を受託収賄容疑で逮捕させた。
 その一方福畑は、小平や外古葉・畑中と接触して、「これ以上二木にはしゃがれたら保守政治の危機だから早期退陣に追い込もう」と説いて回った。小平は大いに乗り気になった。畑中と外古葉は内心「この馬鹿野郎、そのうちぶち殺してやる」と思いながらも、表面的には同調する素振りを見せた。
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