18 ホットライン(1)

 待つこと10分、部下が戻ってきた。
「閣下、コンタクトが取れました」
 そう言ってリモコンを使い、部屋の中央に置かれていた90型テレビジョンのスイッチを入れた。
「これから、プッシュと交渉してみる。おまえも聞いていろ」
「聞いているだけでは埒が開かない。私も質問させてもらいたい」修太郎が言った。
 ブラジャネブはそれを了解して、テレビジョンに向かって話し掛けた。ブラウン管にプッシュの姿が映し出された。
「これは書記長閣下、特別な御呼び立てとはいかがなご用件でしょうか?」
「耄沢蕩が危篤になった。あいつは本当に核ミサイルのスイッチを押すつもりだ。こちらとしては迎撃するつもりだから、そちらも協力してくれ」
「このような重要事項は、私に決定権がありません。大統領に直接お話になってはいかがですか?」
「もうすぐあんたはこの世からいなくなるというのに、ずいぶん呑気に構えているなあ」
「アメリカと中国は遠いですからねえ。こちらが巻き添えを食らう可能性は余りありません。まあ、しかし、中国近海の原潜や第7艦隊を警戒配備につかせるよう大統領に助言してもかまいませんが」
 ブラジャネブは顔面を紅潮させて歯軋りをした。修太郎はテレビジョンに向かって喋った。
「やあプッシュ長官! ソ連にはアメリカまで届くミサイルがあることを忘れないようにしてくださいよ」
 プッシュは怪訝そうな表情をした。
「さっきから気になっていたんだが、どこかで見たような東洋人だな。中国人ではないようだ。あっ、思い出した。君は児玉君だな。何で書記長閣下と同じ部屋にいるんだ? やはり、KGBのスパイだったんだな」
 修太郎はプッシュが自分を知っていることに驚いた。CIAの長官になるだけあって、記憶力は尋常ではなさそうだ。しかし、思考力が猿並みでは思いやられる。
「そんなことはどうだっていいでしょう。あなたは、どうして耄沢蕩のことをフォラードに隠したんですか? あなたのせいで人類は滅亡するかも知れないんですよ」
「わが国の大統領閣下を呼び捨てにするとは無礼千万、覚悟はできているんでしょうなあ。書記長閣下、どうしてこんな男にこのホットラインを使わせたのですか。協定違反なのではありませんか?」
「あなたのたわごとを聞いている暇はありません。あなたとの話はお仕舞いです。今からフォラードと直接話します。あなたとカッターの関係もばらしてあげますよ」
「おまえごときの話を大統領閣下が真に受けるものか!」
「それはどうかな。俺も証言するぞ。フォラードに何を話すのか教えてやろう。宣戦布告だ。中国が核ミサイルを発射したと同時に、わが国の全核ミサイルをアメリカに発射する。どうせ、死ぬなら道連れにしてやる。そして、こんなことになったのはお前のせいだと言ってやる。お前は死刑になるだろうが、安心しろ。執行される前に地球から全人類は消滅している」
 ブラジャネブはどすの効いた低い声で言った。対照的にプッシュの声は甲高くなった。
「10分待ってください。大統領を説得してみます。世界平和がかかっているから書記長閣下のご意見を聞き入れるように話すつもりです」
「最初から、そう言えばいいんだ。この馬鹿が……。いいな、10分後だぞ」
 ホットラインのスイッチはプッシュの方から切ってきた。
 ブラジャネブは修太郎の肩を叩いた。
「兄弟、よく言ってくれた。これで、少し事態が好転するかもしれない」
「しかし、さっきプッシュに言ったことは本当ですか? フォラードが協力を拒否したら、宣戦布告するつもりなのですか?」
「そのくらいの強い対応でないと、フォラードを土俵に引っ張ってこれないだろう。多少行き掛かり的な喋り方だったかもしれないが、今更後には引けない」
 ブラジャネブも覚悟を決めた様子だった。

 きっかり10分後、テレビジョンにフォラードの姿が映った。髪には寝癖がつき、ネクタイは曲がっていた。
「やあ、レオン。いきなりどうしたんだい? ロシアは今日がエイプリルフールなのか? 宣戦布告とは穏やかじゃないなあ」
 フォラードは禿上がった額を掻き上げて、引きつった笑顔で喋った。
「よお、ジェリー。残念だが今日はロシアでも9月7日だ。そして、明日は俺達の命日っていうわけだ」
「ロシア風のジョークは苦手なんだ。俺も君と心中する気はない。どうすれば、心中しないで済むんだ?」
「俺達で協力して北京に核弾頭の雨を降らせるんだ。向こうから仕掛けてくる前にな。俺の隣にいる人物を紹介しよう。日本から来たミスター児玉だ」
 突然紹介されたので、修太郎は笑顔を作って、ブラウン管に挨拶した。
 フォラードは怪訝そうな表情をしたが、すぐ挨拶顔になり、右手を上げた。
inserted by FC2 system