19 ホットライン(2)

 ブラジャネブは話を続けた。
「彼は環境問題に見識が高く、地球が放射能まみれになることを心配している。特に、日本は中国のそばだから、風向き次第では大被害を与えてしまう。だから、彼の顔を立てて中性子爆弾を使おうかと思うんだが、そっちもそうしてくれないかなあ?」
 フォラードの表情は曇った。   
「三つの理由で君の申し出は賛成しかねるなあ。
 一つは、俺のところの中性子爆弾は戦術核だから近距離用ミサイルにしか装備させていないんだ。ジェット機に搭載させる方法もあるけれども、そっちのミサイルがドンパチやっているところに飛行させるのは、死んでこいと言うのと同じで、人権上問題がある。潜水艦からは北京に届かないんだよ。上海でいいんなら協力できるけれどもね。
 二つ目の理由としては、中国は俺のところにとって大切なお客さんなんだ。ネグソンを使って大枚を叩いてやっと新規契約を取りつけたばかりなんだ。それを元金も回収しないうちに始末するなんて、資本主義の原則にかかわるということだ」
「そっちの叩いた大枚というのは45トンの核物質のことか? おかげでこっちは夜も眠れない日々が続いているんだぜ。いいか。耄は惚けているんだ。まともな判断力のない奴といくら契約したって無駄だぞ」
 フォラードはようやくいつもの調子になった。
「まあまあ、レオン。まだ三つ目の理由を話してはいないぜ。それを聞いてから喋ってくれ。俺だって馬鹿じゃない。耄が何をやらかしているかはCIAからちゃんと報告を受けている。プッシュがカッターの野郎とつるんでいるなんていうのはとんでもないガセネタだ。プッシュはあれでも頭が切れるんだ。何も金主党に鞍替えしなくたって俺の党から次の大統領選挙には出させてやることになっているんだ。
 俺のところはちゃんと伽国呆とコンタクトを取っているんだ。実はこれから話すことは超国家機密に当たるから、できることなら君の隣の東洋人には遠慮してもらいたいんだがなあ」
 そう言ってフォラードは修太郎を一瞥した。やむなく修太郎が部屋から出ようとすると、ブラジャネブは修太郎の袖を掴んで引き止めた。
「彼と俺とは兄弟の中なんだ。隠し事をする必要はない。気にしないで喋ってくれ」
 フォラードは諦めのジェスチャーをした。
「じゃあ、俺は知らないぞ。責任は君が持ってくれよ」
「判ったから、早く話を続けてくれ」
「いいだろう。さっき伽国呆とコンタクトを取っていると言ったな。実は奴を使ってクーデターを起こす計画をしているんだ。仮に耄の奴が何もしないでくたばっても、まだ糠青が残っているんだ。あの女を始末しないことには埒が開かないことは判るだろう。あの四十五トンの核物質だって無意味にくれてやったわけじゃないんだぜ。
 あのおかげで伽国呆は軍に箔をつけたんだ。奴に軍を掌握してもらわないことには話が進まないからな。
 それから、水爆製造のノウハウも中国に教えてやったぞ。おい、そんな恐い顔をするなよ。別に、君に嫌がらせをするつもりで教えたわけじゃない。中国の技術はお粗末で、水爆は作ったものの汚すぎるんだ。あんなものを落とされたらそれこそ環境汚染は深刻だ。だから、きれいな水爆の作り方を教えてやったわけだ。もうすぐ中性子爆弾も完成するという話だ。あのままだったら、実験中に暴発するかもしれなかったんだ。きれいな水爆なら仮に暴発しても被害は中国だけで留まる」
「なるほど、そう言うわけだったのか。危ない玩具よりは安全な玩具で遊んでもらおうというんだな。そこまで中国に肩入れしているとは知らなかったぜ」
「こんなこと、本当は君に喋りたくなかったんだ。判ってくれるだろう。これで君と隣の友人は、カッターよりもアメリカの国家機密に精通したことになったんだ」
 フォラードは諦めの表情をして溜め息をついた。
「45トンというのは嘘でしょう?」
 修太郎ははったりをかませた。フォラードはぎくっとした。
「どうしてそんなことを言うんだ?」
「正直に言ってください。こんな切羽詰まった情況で嘘をついても始まらないでしょう?」
「本当は200トンだ。ネグソンの奴、伽国呆に足元を見られて吊り上げられてしまった……」
「ジェリー、君との仲も今日までだな。もう判ったよ。伽国呆によろしくな。奴が今日中にクーデターを成功させないかぎり、俺は明日中国に水爆を落とすことにする。間違ってそっちに落っこちる奴があるかもしれないが、その時は赦してくれよ。じゃあな」
 ブラジャネブは完全に切れてしまったようだった。ブラジャネブはリモコンのスイッチを切った。
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