第三章 

 ヴィマラキールティは見舞い客達の理解度を知って失望感を抱いた。そして心密かにこう思った。

「こうして私は病気になってしまったけれども、このことを尊師はどのように思われているのだろう?」

 彼の想念はセミナーが終わり休息していたゴータマ師の脳裏まで届いた。

 ゴータマ師は、これは弟子達の理解度を試すよい機会だと考えた。ちょうど主立った長老クラスの連中が彼の傍らで暇そうにしていた。そこで彼は皆に向かって言った。

「諸君、実は君達もよく知っているパトロンのヴィマラキールティ君が病気になって悩んでいるみたいなんだ。
 そこで悪いんだけれどもね、諸君の中で誰でもいいからちょっと彼の家に行って病気の相談に乗ってやってくれないか?」 

 しかし、長老達は一様に渋い表情をして顔を見合わせた。
 
ゴータマ師は自分の正面にいたシャーリプトラに目を合わせた。
「シャーリプトラ君、君あたりがちょうどいいんじゃないかなあ?」

 シャーリプトラはヴィマラキールティが病気になったという話はすでに聞いて知っていた。
 何で病気になったのか好奇心はあったが、まさかゴータマ師が自分に病気の相談に乗れと言うとは思わなかったので彼は動揺した。
 この場合の「相談」とは、単に患者の悩みを聴いてやるにとどまらず、ある種の治療行為をすることまで含まれていたからだった。
 在家信者に対する治療サービスは出家者に課せられたノルマだった。
 当然のことながら、病気の原因が複雑なほどそれを治療するためには高度の霊能力を要求された。

「尊師。彼を治療をする役目など私にはできません」
とっさにシャーリプトラはこう口走った。

「ほう、どうしてかね?」
ゴータマ師は腑に落ちないといった表情をした。

 シャーリプトラはばつが悪そうに言った。

「実は、今から十ヵ月ほど前のことになりますが、私が林の中で幹の下に座ってヨーガ行をしていた時、ヴィマラキールティさんがやってきて、私にこう尋ねてきました。
『シャーリプトラさん。そんなところに座って何をやっているのですか?』

 見ればわかりそうなものを、くだらない質問で瞑想を中断され、いささか心象を害したので、
『瞑想のヨーガ行をしているところですよ』
 と少し声を荒げて答えました。
 
すると彼は気の毒そうな表情をしてこう言いました。
『座ることがヨーガ行と決まってはいませんよ』

 そこで私が、
『そんなことはわかっていますよ。他の教団では様々なポーズをとるヨーガ行がありますが、我が教団では苦行は禁止されているのです。座ることは理にかなった瞑想法なんですよ』
 と答えますと、彼は穏やかな口調でこう言いました。

『そもそもヨーガ行とは、この現象的な宇宙にあって、その影響を受けない心身の状態にすることを言うのです。
 そのためには自我による意識を完全に消滅させ、宇宙知識に照らした行動をする必要があるのです。
 また、宇宙知識を求める努力をしながら、世俗の日常を送ることも大切なヨーガ行です
 だから、ただ心を閉ざして心を落ち着けようとするだけだったり、ちょっと話し掛けられたくらいで心を乱してしまうようではまずいんですよ』

『確かに私はあなたの言葉によって心を乱してしまいました。
 しかし、それは私の修行が未熟なためで、瞑想の本質とは関係ないのではないでしょうか? 
 宇宙知識と一体化を目指す以上、一切の思念を捨て、座って瞑想するやり方に問題はないと思うのですが』
 と私は言い返しましたが、彼は動じずこのように言いました。

『瞑想によるヨーガ行の本質は、自分の心身に宇宙知識の形を作ることです。
 それによって、宇宙知識を受け入れる状態にすることなのです。
 ですから、例え間違った考えを持っていたとしても、尊師の開発した三十七種の修行法をマスターすれば、全てを受け入れられるようになります。
 思念も捨てずエゴイズムの罪を断ち切らないまま、宇宙と合体することもできるのです。
 もしあなたがこのような事をわかった上でここに座ることができれば、尊師はきっとあなたにボランティア霊の称号を許可してくれるでしょう』

 尊師。その時、私はこの言葉を聴いて、彼がボランティア霊であることがわかりました。ですから、彼の治療など私にはできません」

 ゴータマ師は少し失望した表情をして、シューリプトラの申し出を了解した。
 シューリプトラはうなだれて自席に戻った。

 ゴータマ師は今度はモドガルヤヤーナに声をかけて、ヴィマラキールティの治療に行くように言った。

 ところがモドガルヤヤーナもゴータマ師の前に進み出て、拝礼してから断ってきた。

「尊師。私も彼の治療などできません。
 なぜかと申しますと、私も、九ヵ月ほど前、ヴァイシャリーの繁華街の広場で、聴衆相手に路上説法会をやっていたのですが、その時、ヴィマラキールティさんがやってきて、私にこう言いました。

『モドガルヤヤーナさん。聴衆のために説法する時は、あなたのようなやり方ではいけませんよ』

 こんな横槍が入ったので、それまで真剣に私の話を聴いてくれていた聴衆は、『何事か?』と彼のほうに振り向きました。
 説法を中断され私は不愉快に思いましたが、まわりにいる信者達のことを考えて、
『これはヴィマラキールティさん。よくおいでくださいました。いったい私の説法のどのようなところが到らないのか、お教えいただけないでしょうか?』
 と丁重に尋ねました。

 すると彼はこのように問い直してきました。
『ところであなたは誰に対して説法をしているのですか?』

 私が、『ここにいる聴衆です』と答えますと、
 彼はさらに、
『どの聴衆に対してですか?』
 と尋ねてきました。

 私が、『ここにいる全員に対してです』と答えますと、彼はおもむろに喋りだしました。

写真提供

ネパール政府
インド政府観光局
NASA

その他




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