人類全体の心を知り、静かに瞑想するとき、あらゆる迷いが晴れて宇宙知識の触れることができるのです。
このようなやりかたが本当の宇宙知識を求める決意なのです』
こう言われたので私は、素直に自分の過ちを認めました。 『ご高説はごもっともです。
ここのご子息達が利益について私に尋ねたので、私は利益の内容を冗談風に話したつもりなのですが、確かに、利益の存在を肯定するような発言をしてしまったのは片手落ちでした』
すると、子息達はヴィマラキールティさんを感動した表情で眺め、口々に、
『なるほど、そういうことだったのですか。僕達も本格的に修行してみたくなりました』と言いました。
その様子を見てヴィマラキールティさんが彼らに言いました。 『君達、正しい指導を受けて、宇宙知識を求める決意するのはすばらしいことですよ。
覚者は一つの銀河に数百年に一度しか現われませんから、その時代の同じ地域に生まれてくることなど誠にラッキーとしか言いようがないんです』
パトロンの息子達は、 『しかし、先生。 私達のうかがっているところでは、尊師は、両親が許さなければ教団で修行することを認めないとおっしゃっていたと聞いていますが』
と言いました。
ヴィマラキールティさんは、 『その通りですが、君達が今ここで宇宙知識を求める決心をすれば、あとは心の持ち方次第なんですよ。
仕事をしながらでも規律を守ることはできます。 尊師の教えを理解するためには、必ずしも本格的な修行生活に入らなくても大丈夫なんですよ』
と言いました。
私個人としては、尊師のもとで本格的に修行を求めなければ、宇宙知識を充分に理解することはできないと思いますが、現実にパトロンに援助を頼まなければ教団運営は成り立ちません。
ですから、彼らが仕事をしながら宇宙知識を、求めたいと望んでもそれを否定することはできませんでした。
こうした訳ですから、私は彼の病気治療などできないのです」
ラーフラがこのように語ったので、ゴータマ師は次のように言った。
「ラーフラよ、よく聞きなさい。 人にはそれぞれ役割があるからね。教団で本格的な修行をしている者達だって役割があり、その違いによって宇宙知識を理解する距離に差が出てくる。
しかし、道はいくつあっても目的は一つだ。 どの道を選ぶかはその人間のさまざまな条件によって違ってくるが、同じ目的を歩むものとして、我々は同志なのだよ。
パトロンとなって教団を助けるのも一つの道だし、教団内部で修行をしてパトロンを導くのもやはり一つの道なのだ。
お互いに助け合って目的を目指せば良いのだよ」
最後に残ったのはアーナンダだけになった。ゴータマ師と視線が合っただけで、アーナンダは断ってきた。
「尊師。私もお役目不足です。私もやられてしまいました」
「一応ここに入る皆訳を話したんだ。君の訳も聞こうじゃないか」
このようにゴータマ師に言われて、アーナンダは話しだした。
「先月尊師のご加減がお悪くされ、ひどく下痢をなさった時のことです。
尊師はとりわけ胃が弱くていらっしゃるので、消化の良いものをと思いましてヨーグルトを貰いに、いつも食事をいただいているバラモンのお宅に出掛けました。
そこへヴィマラキールティさんがやって来て、私に向かって言いました。
『やあ、アーナンダさん。何のために、朝早く食器を持ってここにいるのですか?』
『尊師が食当たりなさって苦しんでおいでなものですから、ヨーグルトをお食べになったらよかろうと思ったので、ここにやってきたのです』
と私が言いますと、 『いやいや、アーナンダさん、そんなことを言ってはいけません。
尊師のお体は、ダイヤモンドのように丈夫なお体です。 大体、宇宙と合体して真空世界を体験されたほどの偉大なお方が食当たりなどという下世話な病気にかかるわけがないでしょう。
黙ってお帰りなさい。アーナンダさん。 尊師を虚仮にしてはいけません。
このような舌足らずな言葉を他の人に聞かせてはいけません。 教団内部の者が知れば、尊師の威厳に傷がつきますし、パトロンが知れば失望する。
ましてや敵対する他教団の耳にでも入ったらどんな中傷をされるかわかりませんよ』
とヴィマラキールティさんにこのように言われて、私は確かに迂闊なことをしたと思いました。
話した相手がヴィマラキールティさんだったから良かったものの、尊師のことを快く思わない者の耳に入ったならば、彼に言われたとおりの結果になるかもしれないと思いました。
しかし、現実には尊師は食当たりで苦しんでおられるし、治すにはヨーグルトの成分が必要です。
ヴィマラキールティさんの言われたのは建前であって、私としては本音で行動しなければいけないのではないかとも考えました。
そこで、私はこのように言いました。 『わかりました。それでは私はいつもどおりの食事としてこのお宅からヨーグルトをいただくことにします。
もともと尊師はヨーグルトが好物でいらっしゃるから、喜んでお召し上がりになるでしょう』
すると、ヴィマラキールティさんは失望した表情でこう言いました。
『ああ、アーナンダさん。 あなたは少しも私の言葉を理解していない!
尊師は教えを広めるための実践活動として、病気に苦しんでいる凡人達の治療をなさっているのですよ。
あなたに聞くが、どうして人は病気になるんでしたっけ?』
『迷いの世界に身を置いているからです』
『そうです、そのとおりです。 すると、尊師は、まだ宇宙と合体してはおられず、実際には迷いの世界にさまよっていらっしゃると思っておられるのですか?』
『断固として、そのようなことはありません! もし、そうだとしたら、尊師はペテン師になってしまう』
『そうでしょう。宇宙と合体された尊師はもはや迷いの世界にはおられず、したがって病気になられることは絶対にありえないのです。
ですから、あなたがここにくる必要は全くないのです』 そう言って、ヴィマラキールティさんは少し激高された様子で去っていきました。
悩んだ末私は結局ヨーグルトを貰い、尊師に召し上がっていただきました。
その時尊師は喜ばれて、 『君はなかなか気が利くなあ。上手に作ったヨーグルトでないと私の下痢は治らないんだ』とおっしゃいました。
私にはあの時ヴィマラキールティさんの言われた言葉の意味がよくわかりません。
皆さんのお話を聞いたところによると、どうやら彼は我々弟子達よりも大分宇宙知識に近い存在のお方のように思えます。
その彼が今度はご自分の病気で苦しんでいるという。 私にはますますわからなくなりました」
アーナンダが真剣に悩んでいる様子を見てゴータマ師は笑いだした。
「なるほど、確かにそれは悩んでしまうね。 しかしね、ヴィマラキールティ君が病気になるのはそんな難しい理由ではないんだよ。
彼はまだ宇宙知識を充分に理解したわけではないからね。 基本的にはまだ迷いの世界にいるわけだ。
私の場合はちょっと難しいよ。 確かに私は宇宙と合体しているから病気などにならない。
その意味ではヴィマラキールティ君の言ったとおりだ。 しかし、現実には私はよく食当たりをする。
なま物を食べたときなど一発だ。 それはいつも食事の世話をしてくれている君が一番よく知っているね」
「尊師自らがお作りになった戒律で、食物の調理を禁じられておりますので、私としては不本意なのですが、最良のものをお出ししても、その日の調達の加減でなま物が入ってしまうのです」
アーナンダは申し訳なさそうに言った。
「なま物しかないときは無理して出さなくてもいいよ。 パトロンに『なま物はいらない』と言っておけば、向こうも出す料理を考えてくれると思うけれどね。
ここで諸君らに確認してもらいたいことがある。 私の病気についてだ。
確かに私はあまり体が丈夫なほうではない。特に胃腸には自信がない。
しかし、これはあくまでも現象面の私の体のことであって、実体としての私とは関係のないことなんだ。
現象面の私は、生まれ、成長し、歳をとり、死ぬ。その意味では君達も同様だ。
実体としての私は、迷いがないから、このような現象の影響を受けることはない。
私は現象をそのまま受け入れているにすぎないのだよ。 私が生まれた時は、まだ迷いの世界にいた。中年になるまでそうだった。
私が菩提樹のもとで宇宙知識を理解した時、私から迷いは去り、真空の世界の存在となった。
このように実体の私は不変になったが、影のような現象の私は消滅するまでこの世に留まっているのだ。
その間、私の修行は続くことになる。 肉体を維持しなければならないから、当然食事をしなければならない。
すると、それが原因の病気にもならなければならないんだ。 病気になることは私にとっての修行なんだよ」
弟子達はゴータマ師の話を聞き、納得して頷いた。 |