シュバビューハがヴィマラキールティさんに尋ねました。
『私はただのヨーガ行者です。ですからアニルッダさんには足元にも及びませんが、凡人達を驚かせる程度の透視能力でしたら持ち合わせています。
私の能力は内なるアートマン(自己存在)と宇宙の絶対存在であるブラフマンとの結合によって生じたものと思っておりましたが違うのでしょうか?
私の眉間のチャクラに映るビジョンは幻影にすぎないのでしょうか?』
ヴィマラキールティさんは微笑んで答えました。 『あなたの見ているものは幻影ではなく、現象です。
しかし、幻影も現象も実体ではないという点で同じです。 なぜならば、アジナーチャクラも現象であって実体ではないからです。
現象の中に現われるビジョンはやはり現象にすぎません。
真の透視能力とは現象を超えた真空を認識することに他なりません』
『すると、ブラフマンと完全に一体化できなければ、真の透視能力を得ることはできないのでしょうか?』
『その通りです。ただし、ブラフマンという言葉は我々とあなたの間では認識の差がある。
あなたの使っている『ブラフマン』は我々の『宇宙知識』と同等の意味です。
我々はブラフマンを『宇宙知識の具現した要素』と規定して使っています。
したがって、あなたはブラフマンを創造主とみなすが、我々はある種の任務を帯びた宇宙霊をもブラフマンとして取り扱っています』
『なるほど、我々の間でもブラフマン(宇宙の最高原理)とプラジャーパティ(創造主)とダルマ(真の法則)の関係は曖昧なのです。
ブラフマンの意味を限定したほうがすっきりしますね』
シュバビューハは晴れ晴れした表情になり、ヴィマラキールティさんに向かって挨拶して去っていきました。
ですから、私には、彼の病気の治療をする役目など不可能なのです」
次にゴータマ師はウパーリに言った。 「どうかな、君はヴィマラキールティ君のところに行けるかね?」
やはり、ウパーリも断ってきた。 「尊師。私もできません。
今から三月ほど前、二人の弟子が私のところにやってきて、こう告白しました。
『私どもは戒律を破ってしまいましたが、恥ずかしくて尊師に告白できませんでした。
それで、毎日苦しい思いをしていたのですが、もう限界のようです。
どうか私どもを苦悩から解放してください』
二人の話を聴いて、情けない弟子達だと思いました。 そこで私は、この弟子達に、
「尊師には私がとりなしてやるから、正直に告白して、罪の責任を負いなさい」と言いました。
そこへヴィマラキールティさんがやってきて、私に向かって言いました。
『やあウパーリさん。この二人の罪を重ねさせてはいけません。 あなたはすぐにも二人の悔いと憂いを消し去って、これ以上心を乱れさせない必要があります。
なぜかと言うと、あの人達の罪の本性は、彼ら自身の内側にあったものでも、外側にあったものでも、両者の中間にあったものでもないからです。
尊師が説いているように、その本人の心が汚れていると、世間の人の心も汚れて見え、その本人の心が清浄だと世間の人も清浄に見えます。
ところでこの『心』という存在は、自身の内側にあるものでも、外側にあるものでも、両者の中間にあるものでもありません。
全ての存在も同様で、もののありのままの姿から離れたりはしません。
もし、あなたが、心の本来の姿を観察して宇宙知識を理解する時、その心は汚れているでしょうか、どうでしょう?』
私が、『汚れてはいません』と言いますと、ヴィマラキールティさんは、
『世間の全ての人も、本来の姿は汚れていないのですよ。 ねえ、ウパーリさん。妄想は汚れていますが、妄想がなければ清浄です。
誤った考えは汚れていますが、誤った考えがなければ清浄なのです。
また実体としての自己存在があると思うことは汚れていますが、そのような自己存在があると思わなければ清浄です。
ウパーリさん。 現象によって起こる全てのものは発生と消滅を繰り返し、静止することがありません。
現象は全て妄想から発生したのです。 この知恵がわかる人こそ、宇宙知識の理解者なのです』
これを聞いて弟子の一人が言いました。 『随分と説明の上手な方ですね。思わず納得してしまいました。
ウパーリ先生には申し訳ないけれども、ヴィマラキールティさんの話を聞いていたら、私達はくだらないことで悩んでいたような気持ちになりました』
もう一人の弟子も言いました。 『私どもの悩みは妄想が原因だったんですね。
妄想など自己存在を認めることによって生じる現象にすぎないのだから不変のものではない。
よくわかりました。 ところで、ヴィマラキールティさんは在家の方ですから、修行してヨーガの戒律を完全に守ることは難しいはずなのに、よくウパーリ先生よりも上手に喋ることができるものですね?』
しかたなく、私は次のように言いました。 『この人はきっとボランティア霊なんですよ。 商人の姿は仮の姿に違いありません』
私がそう言ってもヴィマラキールティさんは否定しませんでした。
弟子達は私達に何度も礼を述べて出ていきました。 こういうわけですから、私は彼を訪れて病気の治療をするなどというまねは不可能です」
後残ったのは息子のラーフラとアーナンダしかいなかった。
ゴータマ師はラーフラに声をかけた。
「もうおまえとアーナンダ君しか残っていない。どうだ、おまえの修行の成果を見せる気はないか?」
しかし、ラーフラも断った。
「尊師。私も、彼に負かされてしまいました。 相手がボランティア霊では我々では役不足なのではないでしょうか?
どうやらヴィマラキールティさんは我々にとって厳しい兄弟子のようですね。
彼のしごきも我々を鍛えるためのものだったのでしょう」
「能書きはわかった。どんな目にあったのか話してみなさい?」
ゴータマ師に促されて、ラーフラはおずおずと話しだした。 「尊師。怒らないで聞いてください。
ちょうど二ヵ月前、ヴァイシャリー市の有力パトロンの息子達が私のところに遊びに来て雑談をしておりました。
その時、彼らの一人がこんなことを言ってきました。 『ラーフラさんは尊師のご子息ですよね。普通なら王位を継いで領地に君臨しますよね。
それを捨てて宇宙知識を求める決意をなさったわけですが、やっぱりそのほうが利益があるのですか?』
よく聞かれる質問なんで、私はいつもどおりに答えました。 『王位なんて言っても、私の場合そんな大それたものじゃありませんよ。
カピラバストウなんて場所はすごい田舎ですし、領土もたかが知れています。
しかもコーサラ国に隣接しているんですよ。 国王になったところで、コーサラ国のご機嫌を伺いながら片身の狭い思いをしなければなりません。
そんな世俗的なことに関わりあって、無駄な時間を過ごすよりも、宇宙知識を求めることに使ったほうが充実した人生を歩めるというものです。
幸い、私には王位を譲ることのできる人物がおりましたし、尊師からも強く修行に入るよう勧められました。
おかげで若輩ながら宇宙知識の一端に触れる機会を得て、大いに満足しているのですよ』
その時、ヴィマラキールティさんが来て、私に向かって言いました。
『ねえ、ラーフラさん。宇宙知識を求める決意の利益について説いてはだめですよ。
何故かというと、宇宙知識を求めても何ら利益にならないからです。
原因によって発生したものには利益も生じますが、宇宙知識を求める決意は消滅や変化を離れたものですから、こうしたものの中には利益はありません。
ラーフラさん。宇宙知識を求める決意には到達を目差す意志も迷いもなく、その中間もありません。
宇宙と合体するまで、修行者はその全てを受け入れなければなりません。
すなわち、執着を克服して迷いを乗り越え、知恵の目を清め、宇宙知識が働きやすくなるよう整えて、その成果を得るように努めることです。
さまざまな誤った判断から遠ざかり、現象に捉われることなく、エゴイズムの深みにはまることがないように自分の人生を過ごすのです。
自己存在に所属するものを全て捨て、執着心も捨て、宇宙知識に対する不信感も捨てて、安らかなエクスタシー(宇宙知識から伝えられるエネルギーを受け入れる感覚)を得るのです。
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