次にゴータマ師はスブーティにヴィマラキールティの見舞いを命じた。
しかし、スブーティも断ってきた。
「尊師。私も彼の病気の治療をすることはできないのです」
ゴータマ師は、またかと思ったが、穏やかな口調で言った。
「真空の研究に関して、君は長老諸君の中でも一番優れている.。
ヴィマラキールティ君も同じテーマに熱心な様子だから、君とは気が合うかと思ったんだがねえ」
その時カーシャパが心配そうにスブーティを見やった。その視線を感じたスブーティは重たい口調で話しだした。
「七ヵ月ほど前になりますが、実は先程のカーシャパさんがヴィラマキルティさんにやり込められた話を聞いて、私は乞食行をしに彼の屋敷に出掛けたのです。
『貧者にこだわりを持って寄付を求めてはいけない』と言うのが彼の主張ですから、当市一番の富豪の家で行なう分には問題なかろうと思ったのです。
さらに、正直に述べればカーシャパさんの敵討ちをしてやろうという気持ちもありました。尊師の教えにそぐわない行動ではありますが、それほど罪深くもあるまいと考えたのです。
もし、彼が私の要求にいちゃもんを付けて拒絶すれば、彼自身がカーシャパさんに言ったことに矛盾しますし、快く要求に応じれば私は彼の目前で道理にかなった行いをし、彼のいちゃもんを封じたことになるからです。
私は様々な論戦のパターンを想定しながら彼の屋敷の門前に行き、食事を乞いますと、彼自らが私の鉢に給仕して、このように言ったのです。
『これはスブーティさん。お勤めご苦労さまです。ところであなたは当然ながら、食物に対して平等な気持ちを持つことができますよね?』
そら来たなと私は思いました。彼の質問は私の想定の内にあったのです。
『勿論です』私は答えました。 『私は食べ物に対して平等に接します。ですから、全てのものに対してもまた平等に接します。したがって、私の乞食行も平等に接することを心がけているのです』
彼の論法はすでにカーシャパさんから聞いて知っていましたから、このように彼の持論を述べたのです。
すると、彼はうれしそうな顔をしてこう言いました。 『それはすばらしいことです。それならば当然、エゴイズムを拡大させながら攻撃的な感情と愚劣な思考力を持った状態で、永続的な自己存在を認めることができますね?』
そう聞かれて私は思わず、 『私にはできません。私はエゴイズムを消そうと努力していますし、怒りを持つまいと努力しています。
私の思考力が愚劣なことは承知していますが、向上させようと努力しています。その努力なしには真の平等性を得ることはできないと思うからです』
と返事をしました。 途端に彼は気の毒そうな表情をしてこう言いました。
『それでは申し訳ありませんが、あなたにこの食事を召してもらうわけにはいきませんね。なぜならあなたは食事に対してこだわりを持っているからです。
こだわりがあれば平等性を持つことはできません。 平等性を持つためには、永続的自己存在を認める考えを捨てないで、愚考とエゴイズムの拡大を消し去らないことが肝要なのです。
絶対の平等性は特定の観念に縛られているのでも、それから解放されているのでもないところに存在しているのです。
宇宙知識を理解するのでも、宇宙知識を理解しないのでもない。
したがって、聖人でも馬鹿でもない。このように全ての存在を認めるけれども、存在そのものに捉われないならばこの食事をお召しになる資格があるのです。
スブーティさん。もしあなたが、尊師の指導に従わずに、他教団の教祖達、例えばジュナータプトラ師(ジャナイナ教教組)に従って宇宙知識を求める決意ができるならばこの食事を召し上がりください』
『ジュナータプトラ師は偉大な方だが、苦行を望んでおられるので師とは仰げません』
私はやっとの思いでこのように言いました。
『スブーティさん。あなたはエゴイズムの罪に染まって不浄になっている。あなたを援助する者も同様にエゴイズムの罪に染まり不浄になってしまうでしょう。
あなたは本当は全ての人に恨みを抱いている。あなたは尊師の悪口を言い、教団の結束を揺るがし、尊師の教えを悪意を曲解し信者を堕落させる。
もし、あなたがこのような人ならどうぞこの食事をお召し上がりください』
このように言った彼の様子は少し憤っているようでした。私の言動を不快に思われたのかも知れません。
彼を納得させるためには彼の差し出した食事を受け取らなければなりませんが、そうしてしまえば、今しがた彼の述べた呪いの言葉を実践しなければならないことになります。
私はうろたえて不覚にも食器を放り出してその場を逃げ去ろうとしました。
すると彼は途端に柔和な表情になってこう言いました。 『スブーティさん。心配しないで、食器をお持ちなさい。もし夢の中の人間がこんな脅迫をしたとして、目が覚めた後でもあなたは恐がりますか?』
私が、『夢の現象は自分内部が原因ですから、結果を恐がることはありません』と言うと、彼はこう言いました。
『現象的に存在するもの全部は夢のようなものですから、あなたが今心配する必要はありません。
なぜかというと、全て言葉も夢と同じだからです。 テレパシー能力のある人は言葉など必要ないから、言葉を恐がったりしません。
言葉とそれを表しているものが無関係なことを知っているからです。
つまり、言葉とは言葉である以外の何物でもないのです。 現象的でない存在、つまり真空を知るためには、我々は言葉よりも確かな認識手段を持たなければなりません。
そうです、あなたがすでに得ている霊覚をさらに研くことです。
絶対感覚を得ることこそ真空を理解する唯一の手段なのです』
彼がこのように説明した時、二十人の霊人が彼の周囲に取り巻いている姿を見ました。
どうやら、ヴィマラキールティという存在自体が現象に過ぎないようですね。
残念ながら私には彼の実体を知ることができません。ですから、私には、彼の治療などできるわけがありません」
「どうやらそのようだね。わかったよ」
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