第四章
シャーリプトラがおずおずと言った。 「ヴィマラキールティさんはボランティア霊なのですから、私どもの手に負えるわけがありません。
やはり同業の方々に行ってもらうのが筋というものではないでしょうか?」
彼がこのようなことを言ったので、それまでニヤニヤしながら部屋の様子をうかがっていたボランティア霊達は慌てた。
それを察知したゴータマ師は、彼らにも試練を与えようと考えた。
そこで、ゴータマ師はマイトレーヤ霊を呼び出して言った。 「君が行って、ヴィマラキールティ君の治療をしてくれないか?」
いきなり自分の名前を呼ばれたマイトレーヤはうろたえ気味に断ってきた。
「覚者よ。私も、彼の病を癒すことはできないのです。 なぜかと言いますと、ちょうど一年前になりますがこんなことがありました。
私が常駐しているトシタ星(イェンブー銀河中心部にある惑星)で、そこの住民達に宇宙知識を理解するための修行法の説明をしていた時のことです。
その時、ヴィマラキールティ霊もたまたまその星を訪問中で、私に同行していたのです。
説明が終わった時、住民の一人から、 『マイトレーヤさん。サハー星(地球)のゴータマ覚者は、あなたに、今度誕生してくる時には覚者の資格を得るようになるだろうと、予言されたそうですね?』
と質問されました。
これは私に対してよくなされる質問でした。住民達は他のボランティア霊よりも覚者に近い位置にいる私への尊敬の度合いが強いようでした。
そのことを確認するために、このようなわかりきった質問をするのです。
私はいつものように、『はい、その通りです』と答えました。
すると、住民達は歓声をあげて、 『この銀河に覚者が誕生するのは、超新星が出現するよりもまれなことだと聞きます。
あなたが覚者になられれば、私どももこの星の住民として大変名誉なことです』
などと言い合っていました。
その様子を見ていたヴィマラキールティ霊が、私に向かってこんな質問をしてきました。
『ある時点を起点とした時間は拡散しながら様々な未来を発生させることはご存じですよね。
そこであなたにうかがいたいのですが、あなたがいつ誕生してくる時にその予言が成立するのですか?
過去ですか? 未来ですか? 現在ですか? 仮に過去に誕生してきた時だとすると、その未来はここには存在しません。
また、もし未来に誕生してきている時だとすると、時間を測定する基準を持たないことになり、未来のその時を確定することはできません。
また、現在という時間は点でしかないのです。 ですから、現象の世界において現在を認識することはありえません。
感じられるのは過去か未来だけです。
ゴータマ覚者が、『諸君は今同時に、誕生し、老い、死んでいる』と解説なさいました。
このように、『一方的に拡散していく時間の観念』というのは現象世界に属することなので、あなたへの予言が成就するということは、この時間の束縛から脱したことに他なりません。
しかし、一度合体した者が、予言を受けるということはありえないし、繰り返して宇宙と合体することもないはずです。
つまり、あなたが覚者になることが確定しているのならば、拡散していく時間の観念のない真空の世界ではあなたは既に覚者でなければならないのですよ。
それなのに、どうして、あなたがこの生涯を終えたら覚者になるという予言を受ける必要があるのでしょう?』
そこで、私はこのように答えました。 『実体の私はまだ修行中で、宇宙知識を充分に理解していません。
理解するためには流れる時間が必要なのです。 そのためには、現象世界に身を置き、生滅を繰り返す過程を避けることができないのです』
すると、彼はこんなことを言ってきました。 『それならば、あなたはあなたの実体が出現することによって、予言が成就すると考えますか?
それとも、あなたの実体が消滅することによって、予言が成就すると考えますか?
しかし、仮にそうして実体が出現することで、予言が得られるとしても、それは矛盾しているんですよ。
なぜならば、実体とはもともと出現したり消滅したりする性質のものではないからです。
現象世界の存在は全て実体に属しているのです。 あらゆる精神段階の存在は全てが真空の一部です。
その意味では、覚者も実体ですし、あなたも私も、凡人も実体です。
真空は宇宙知識と同一ですから、実体としてあなたが予言を得たのであれば、世の全ての人も予言を得ることでしょう。
ですから、マイトレーヤさん。 あなたが覚者になる予言を得たことを説いて、この惑星の住民を導いてはいけないのです。
実体の意識が宇宙知識を求めることはないし、またその望みが挫折してしまう場合も存在しないのです。
我々はこの惑星の住民人に、宇宙知識についていろいろと勘繰るような誤った考え方を捨てさせる必要がありますよ。
宇宙知識を理解することは、体でも、心でもできないのです。 つまり、迷いの世界から脱出することが唯一の理解法なのです』
住民達は彼の論法に大変興味を示して、 『我々がこの迷いの世界から脱出するためにはどのようなことをすればよいのですか?』 と質問しました。
彼は微笑んでこう言いました。 『現象世界に執着しないことです。
そのためには、現象世界を観察しないことが大切です。 観察しなければ妄想を起こすこともなく、間違った判断を下すこともありません。
そうすれば願望を抱くこともなくなり、エゴイズムは消滅し、安らかな心境を得ることができます。
その時見えてくるのが真空の世界です。 真空の世界にはあらゆる制約がありません。
そこにあるものは果てしなく続く自由です。 そこには全てが等しく存在し、宇宙知識を隠すものは何もありません』
ゴータマ覚者よ。ヴィマラキールティ霊がこのように説明した時、この星の住民達は大いに喜び、彼に深い感謝の念を贈りました。
ですから私ごときに彼の病気を癒すことなどできるわけがありません。
大ボランティア霊であるマイトレーヤの告白を聞いた弟子達は一同に驚いた。
ヴィマラキールティがボランティア霊なのではないかとうっすらと感付いていた者達も、あらためて、彼の霊格の高さを思い知った。
ゴータマ師は今度は新米ボランティア霊のヒラニヤガルバにヴィマラキールティの治療をするように言った。
しかし、ヒラニヤガルバも断りの言葉を述べた。 「覚者様。私もあの人の治療などできません。
今から二年ほど前のことですが、私が住民の心を癒す修行を終えヴァイシャリーの城門を出ていこうとした時のことを、思い出してしまうのです。
その時、ヴィマラキールティ先輩がちょうど城門に入ってきました。
私はすぐに先輩に挨拶してから、
『これはヴィマラキールティ先輩。今日はどこからいらっしゃったのですか?』と尋ねました。
先輩は立ち止まって、 『私は修行の場から来たのです』と言いました。
そこで私が、『そうでしたか。それはどこの修行場ですか?』と質問しました。
先輩は、 『私が来たのは透明な心の修行場からだ。心が透明だと、世間の嘘偽りに迷うことなく修行することができるもなのだ。
迷うことがなければ、自分に課せられた修行をやり遂げることができるようになるからね。
心が透明になると視界が開けるんだ。 今まで見えなかったものもよく見えるようになる。本来あるべきものを隠していた障害物の存在にも気付くようになるんだ』
と答え、次に、
『ところで、君は城内でどんなボランティア活動をしたのかな?』
と質問してきました。 そこで私が、 『売春婦と会い、心の救いを求めている彼女らを励ましました。
性病も治してやりました。彼女らを買いにきた客には分別と慈悲心を持つように説きました。』
と答えました。 さらに先輩は、
『彼らは君に感謝したかね?』と尋ねます。
『はい、皆喜んでくれました』と言いますと、 『それを見て君はどんなふうに思ったんだい?』と聞かれました。
『私の努力が報われて、うれしく思いました』と答えますと、先輩は突然私の肩を強く掴んでこう言いました。
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