ゴータマ師は笑った。
「彼はまだ修行中だよ。彼にもそれなりの問題があるからね。しかし、君の言い分もよくわかったよ」
この段階で、ゴータマ師は弟子の中からヴィマラキールティの病気の相談をさせる者を出すことを諦めた。
しかし、ついでだから他の長老達の反応も確かめてやろうと思い、カーティヤーヤナにも同様のことを言った。
やはり、彼は断ってきた。
「尊師。私も彼にやりこめられた経験があるので、彼の病気の相談をするなど不可能です。」
「いったい、どんなことがあったんだい?」
「五ヵ月ほど前になりますが、尊師がここでセミナーを行なった時、終わった後に聴衆の中で、『尊師のおっしゃっていることは難しすぎてよくわからない』と言う者達がおりましたので、私が要点の解説をしたのです」
「ほう、どんなことを解説したんだい?」
「彼らの質問は、『全存在の目的が苦行であるとはどのような意味か?』と言うことでした。
そこで私は、『宇宙には約束事があって、そこにものがあるためには、理由がなければならない。
その理由とは完成を目指すことで、それを苦行と呼ぶんだ』と言いました。
そしてさらに、『その理由が生じたわけは、宇宙が進化して知恵を持つようになったからである。そのようにしてできた宇宙の姿が真空なのだ』と説明しました」
「なかなかうまく説明したものだねえ」 ゴータマ師は感心して頷いた。しかし、カーティヤーヤナの表情は浮かなかった。
「彼らは、『完成を目指すとはどのようなことか?』と質問してきました。
そこで私は、『自分自身が真空になることで、そうなれば自分は宇宙と合体するから、自分は消滅して限りない静寂を得ることができるのである』と述べました」
「その説明で聴衆は納得したかね?」
「はい、納得しかけたのですが、そこへヴィマラキールティさんがやってきてこう言ったのです。
『カーティヤーヤナさん。この世を構成している物質やエネルギー・精神波動・霊体・霊波動以外にも宇宙にはさまざまな波動が存在します。
その全てを内包したものが真空と呼ばれるものなのです。
真空とはエネルギーが中和している状態です。 宇宙のエネルギーは総量において常に中和していますから、宇宙は常に真空なのです。
しかし、バランスが崩れると現象が発生します。その場合でもほとんどは発生直後に真空として中和されていますが、ごく僅かに中和されなくなるものもあります。
それらが我々の知覚できる物質と霊体の存在を構成するのです。
これらは極めて不安定な構造ですから、宇宙中に拡散し、反対のエネルギーと遭遇することによって最終的には消滅します。
宇宙の時空間の中では、現象が出現している時間は僅かなもので、ほとんどは真空として存在しているのです。
現象の拡散消滅というのが必然的波動の流れですが、自我は現象の中にだけ出現します。
自我とは必然的波動の流れに逆らうエネルギー場のことで、現象が実体へ中和することを妨げます。
これを川の流れに例えれば、川の水全体は上から下に流れているのに、石ころがあるとそのまわりだけ渦巻きができて、逆方向に流れるのと同じです。
石ころは川の水で削られ最後には消滅しますが、それまでの間が苦行になるのです。
尊師が、『全存在の目的が苦行である』とおっしゃられたのはこのような意味があるのです。
また、カーティヤーヤナさんが説明された『自分自身が真空になることで、そうなれば自分は宇宙と合体する』という説明は正確ではありません。
現象には絶えず反対のエネルギー場が存在するのです。 『自分が宇宙と合体する』というのは、『自分と反対のエネルギー場を発見して消滅する』と説明するべきなのです。
その結果真空となって静寂を得ることになりますから」
彼がこのように説明した時、弟子達は目から鱗が落ちたような表情をしておりました。
私が漠然と知識で知っていることを、どうやらヴィマラキールティさんは体験的に知っておられるようです。
いったいあの人の正体は何なのですか? ヨーガ行を極めた仙人のようにも見えないのですが?」
「彼もまた、君と同じように宇宙知識を求めようとしている者なのだよ。
ただ彼の役目は君と少し違うだけだ。だから、君が気にすることは何もないのだよ」
そう言って、ゴータマ師は今度はアニルッダに尋ねた。
しかし、アニルッダも断ってきた。 「尊師。私にも手に負えません。
四ヵ月ほど前のことですが、私が山道で瞑想歩行していた時、彼にやりこめられてしまったのです。
その時、シュバビューハと言う名のバラモンと会いました。彼とは昔からの友人で、尊師の門に入る以前はその近辺で一緒に修行したものでした。
久しぶりに会ったので、修行を中断してお互いに雑談していたのですが、ふとした弾みで、彼にこのようなことを尋ねられました。
『以前から君は透視能力に長けていたけれども、ゴータマ師の指導のよろしきを得て、さらに上達したかね?』
私は即座に、
『あの時よりも、宇宙知識の核心にだいぶ近付いたからね。見るだけならば一応全宇宙規模の事象について確認できるようになったよ』
と言いました。 すると、彼は驚いて、 『以前から君は眼病を患っていて、視力が低下していくことを悩んでいたね。
私も心配していたんだが、しかし、そこまで透視能力を得たのならばもう大丈夫だね。
安心したよ。実は私も最近老眼が進行して、不自由なことが多いんだ。
君に弟子入りすれば透視能力のノウハウを授けもらえるかね』 と言ってきました。
彼のような有力なバラモンがわが教団に入信することは大きな戦力になるので私は喜びました。
その時、ヴィマラキールティさんがやってきて、私に向かってこう言いました。
『やあ、アニルッダさん。あなたの透視能力は現象的原因によって発生したものですか。それともそうではないのですか?
もしそれが現象的原因によって発生したものならば、その能力は一般的なヨーガ行者の透視能力と同じものです。
もしそうでないとしたならば、宇宙と合体していないあなたには何も見えないはずです』
私はその時何も言えないで黙っていました。 |